「ブロックチェーンは便利そうだが、自社のビジネスに活用できるのだろうか?」「そもそもブロックチェーンでないといけないのか?」──。

ビジネスでブロックチェーンの活用を検討している企業担当者の中には、上司から「当社もブロックチェーンが活用できないか検討するように」と指示されたというケースも少なくないだろう。また「うちのビジネスにはブロックチェーンは合わない」と思いこんでいるビジネスパーソンも意外に少なくない。

そうした誤解や思い込みにこたえてくれるのが、日本アイ・ビー・エムの髙田充康ブロックチェーン事業部長が上梓した新刊『あなたの会社もブロックチェーンを始めませんか?』(中央経済社)だ。

著者の高田氏を迎えて、ブロックチェーン・ビジネスの最新動向に迫るオンラインイベント「ブロックチェーン・ビジネス入門」が2020年7月29日、開催された。イベントはブロックチェーンのビジネスコミュニティ「btokyo members」が主催、CoinDesk Japanがメディアパートナーを務めたこのイベントをレポートする。

なお本イベントの動画は会員登録の上で同サイトで無料視聴が可能だ。

幻滅期に差し掛かったブロックチェーン――日本が乗り遅れないために

髙田氏の著書『あなたの会社もブロックチェーンを始めませんか?』は、ブロックチェーンの17の活用事例を紹介した本だ。事例はすべて髙田氏率いる同社ブロックチェーン事業部が推進する実際の国内外のプロジェクトだ。

髙田氏が本書を上梓した理由には、ガートナーの「ハイプサイクル」で、ブロックチェーンが2015年から2017年に熱狂期を迎え、2018年から幻滅期に入り、2020年現在は、テクノロジーが定着するか否かが決まる重要な時期と位置づけられたからだ。だからこそ、髙田氏は著書を出すことを決めた。

広く知られるように、ガートナーのハイプサイクルは、新しいテクノロジーが登場してからの変化を視覚的に示す図表だ。新しいテクノロジーが登場すると、最初に熱狂期が訪れる。その後、熱狂が冷めると幻滅期へと移り、底に来た時点でテクノロジーが定着するか消えるかが決まる。

また、髙田氏が、国内でブロックチェーンを活用した日本発のプラットフォームがなかなか登場しないことへの危機感を持っていることも刊行の理由という。「今のままでは将来の日本のビジネスはすべて海外のプラットフォームに乗っかるスタイルになっているかもしれない」「現状を打開するためにも、日本発のグローバルなプラットフォームを展開したい」──そういう想いがある。

ブロックチェーンはビットコインとともに登場し、知名度こそ上がってきたが、高田氏は決して派手な技術ではないと語る。「なぜブロックチェーンを使う必要性があるのか?」「自分の業界で具体的にどういう風に活かせるのか?」という疑問は、現場でよく耳にする。そんな疑問に答えるための出版という選択だった。

世界のブロックチェーン「黒船」プラットフォームの登場にある地政学的背景

世界ではブロックチェーン技術を活用した商用プラットフォームが次々登場している。サプライヤー調達、貿易物流、食の信頼、海洋プラ汚染対策――これらのプラットフォームを、髙田氏は「黒船」に例える。

商用プラットフォームの登場には、地政学的背景もあるという。たとえば貿易金融のプラットフォームが登場したヨーロッパには、EUという共同体がある。

フランスのレストランがドイツの商品を仕入れたいと思っても、これまではお互いの信用状況がわからず、すぐに取引を開始できなかった。そこで、ブロックチェーン技術を活用した銀行間ネットワークを構築し、中小企業同士の越境マッチングをスムーズに実現できるようにした。契約管理もスマートコントラクトで自動化されている。また、契約情報を蓄積することで、信用情報はより信頼性の高いものになっていく。

アジアでもこうした事例はある。たとえば海洋プラスチック汚染対策のプラットフォームは、環境問題と貧困問題を抱えるインドネシアやフィリピンを中心に始まっている。このプラットフォームでは、プラスチックを拾うことで、特定の地域内で決済手段として利用できるトークンを受け取れる。海洋プラスチックを減らすとともに、貧困の撲滅にもなるというモデルだ。

高田氏はこうした事例を挙げながら、世界の趨勢について解説した。

海外のブロックチェーン技術の活用事例1「貿易物流」──マースク

ここからは、イベントでも紹介された海外のブロックチェーン技術の活用事例を紹介する。まずは「貿易物流」について。IBMはマースクとブロックチェーン技術を活用した「TradeLens」(トレードレンズ)という貿易物流のプラットフォームを構築し、2018年から商用化している。

これがどのような変化をもたらしつつあるのか。

たとえばプラットフォームの登場前、商品を輸送するためには30の企業が介在し、かかわる人手は100人以上、情報のやり取りは200件以上にものぼったという。

そこで、荷主・税関当局・ターミナル・船会社などをつなぐ業界プラットフォームを構築。それぞれが必要なデータを入力することで、荷主は自分の荷物がどこに届いたかを確認でき、受取側は自分の荷物が今どこまで届いているかを知ることができるようになった。移動中に同じデータを転記する必要がなくなったことで、各事業者の業務効率化も実現したというのだ。

海外の活用事例2「サプライチェーン」──ウォルマート

次に紹介するサプライチェーンの事例は、IBMとウォルマートが構築した、食の信頼構築を目指す業界プラットフォームだ。

きっかけは、食品のリコール対策だったという。ウォルマートでは、棚で見つけた食品に異常があった時、生産者まで追跡するのに26時間かかっていた。マンゴーの輸送などクロスボーダー取引においては、さらに追跡に要する時間は長くなる。

そこで、生産者から小売業種までをつなぐ業界プラットフォームを構築。各事業者がデータを入力することで、生産者まで追跡する時間は数秒に短縮された。

現在は、カルフールやゴールデンステートフーズなど、数多くの企業がプラットフォームに参画している。

そのカルフールは、プラットフォームを自社のブランディングに活用している。商品にQRコードをつけ、消費者がQRコードを読み込むことで、どの農場で生産され、どのような加工が行われて今商品が手元にあるのかを、ストーリー仕立てで確認できるようにした。その結果、安心安全のイメージが定着し、カルフールのプライベートブランドは売上アップに成功したそうだ。

ゴールデンステートフーズは、ハンバーガーの牛肉パティを提供する会社。プラットフォームを活用し、在庫管理や温度管理を徹底することで、牛肉パティの鮮度を保ち、ロスを減らすことに成功している。

海外の活用事例3「サプライヤーの保証」

ブロックチェーン技術は、アイデンティティを保証するという活用法も期待されており、IBMは、サプライヤーの情報管理を行うブロックチェーンネットワークを構築した。

もともと、バイヤーがサプライヤーの審査を行うには、4~6週間必要だった。なぜならサプライヤーのほとんどは複数のバイヤーと取引があり、取引を開始する度に審査が発生する。審査の際には、同じ情報をバイヤーごとにそれぞれ送らなければならない。また、情報が更新されたら各バイヤーへの通知も必要だからだ。

こういった不都合を解決してくれるのが、サプライヤーの情報管理を行うブロックチェーンネットワークだ。ネットワークには、サプライヤー、バイヤー、格付け会社などが参加。サプライヤーが1度情報を登録しておけば、取引開始したいバイヤーが情報に直接アクセスし、すぐに審査を始められる。ネットワークに格付け会社が参加していることから、審査期間も短縮できる。サプライヤーが情報を更新した際にも、バイヤーはすぐに最新情報を入手できるのだ。

このプラットフォームを構築したことで、格付け会社がサプライヤー向けの新たなサービスも開発できた。それは、自社評価のシミュレーションツールだ。格付け会社は、以前は主にバイヤーを相手にビジネスをしていたが、ブロックチェーンネットワークを上手に活用することで、新たなビジネス展開に成功したのだ。

海外の活用事例4「原料調達」

ブロックチェーン技術は「原料調達」においても効率化と透明性の向上などに寄与している。

たとえば、2019年に起きたコバルト採掘における児童労働の問題。ブロックチェーンの活用で、調達したコバルトがどのように採掘され、製品になったかを証明できるようになり、その過程で問題がなかったことが証明できるようになった。

具体的には、コバルトの60%はコンゴ民主共和国で採掘されており、約4万人の子どもたちが採掘に従事させられている。このことを受け、2019年、人権団体がアップルやマイクロソフトを訴えた。コバルトはリチウムイオン電池の原料で、世界中で需要が高い。

実は採掘に関しては、以前から度々問題視されてきた。だがトレースする仕組みがなく、分断された状態にあった。

そこで、IBMはボルボやフォルクスワーゲンとともに、ブロックチェーン技術を活用したプラットフォームを構築。調達から製品ができるまでのすべてのプロセスで、OECDの基準に沿った調達が行われているか、独立監査機関が証明する仕組みを作った。

現在、参加企業は増え続けている。今後、問題のあるいくつかの原料に関しても、プラットフォームを構築予定だ。

国内のブロックチェーン技術の活用事例1「持続可能な漁業」

海外の事例ばかり紹介したが、国内でも、ブロックチェーン技術を活用したプラットフォームは誕生してきている。その一つが「持続可能な漁業」を支えるプラットフォームだ。

このプラットフォームには、漁業者や加工業者、中央卸売市場が参加、それぞれデータを入力する。消費者は商品のQRコードを読み取ることで、漁獲地や加工方法といった情報を簡単に入手できるのだ。

国内の活用事例2「健康ポイントシステム」

個人の健康増進を目的とした活用事例も生まれている。IBMはグルーヴァースと、健康をテーマにしたポイントシステムを稼働させている。

これは、健康にいい商品・サービスを購入すると、消費者はエールというポイントをもらえる仕組み。受け取ったエールは、ジムやマッサージ店、薬局など健康に関する商品・サービスの決済に使える。個人間で送り合うこともできる。

ポイントシステムはこれまでも多くの企業が導入しており、ブロックチェーン技術でなければ実現できないというわけではない。しかし、グルーヴァースには、「たとえシステムが自分たちの手を離れても半永久的に残り続けて欲しい」という思いがあるといい、そのためには他の事業者と共同でネットワークを維持できるよう、拡張しやすいブロックチェーンが最適解だったようだ。

国内の活用事例3「中古車売買」

次に紹介するのは「中古車売買」。IBMがオートバックスセブンとともに構築したプラットフォームでは、消費者間の中古車売買を実現させる、CtoCの取引を可能にした。そのメリットは、仲介業者を介在させることで発生するマージンがかからないことだ。

オートバックスセブンもまた、将来的な拡張性を考慮し、ブロックチェーン技術によってシステムを構築した。ブロックチェーン技術を組み込んでおくことで、中古車売買以外の物流や金融といったサービスと連携させられるかもしれない。

3つのネットワークタイプと目指すべきゴール

髙田氏は、ブロックチェーン技術を活用したネットワークタイプを3つに分類した。

1つ目は、「ビジネスの差別化」で、取引の効率化、高度化のために、非競合企業と協業するタイプ。2つ目は、「マーケットユーティリティ」で、企業間取引で共有できるプロセスを最適化するため、競合企業と協業するタイプ。そして3つ目は、「新たな市場モデル」で、新たな価値を創造し、イノベーションを起こすため、新たなパートナーと協業するタイプだ。

髙田氏は、最初は「ビジネスの差別化」からスタートしても、いずれは「マーケットユーティリティ」や「新たな市場モデル」を模索していくことが大切だと語る。

髙田充康氏(日本アイ・ビー・エムのブロックチェーン事業部 事業部長、写真右)、モデレーターの神本侑季(N.Avenue CEO、写真左)

「ブロックチェーンでなくてもいい。ただし信頼できるオペレーターがいるなら」

「本当にブロックチェーンを活用する必要性があるのか?」──。これはブロックチェーンの活用を検討する際によく問われる命題だ。“WHY BLOCKCHAIN”(ワイブロ)という言葉には、従前からブロックチェーンをビジネス実装しようとすると、必ずといっていいほどこの命題に直面する。

髙田氏は、「絶対的に信頼できるオペレーターがもし存在するなら、ブロックチェーン技術を活用する必要はない」と語る。しかし、現実的には、複数の企業が参加するプラットフォームを作る際に1社がオペレーターになるというのは現実的ではない。特に業界、国境を越えたプラットフォームとなれば、なおさらだ。

たしかに、ブロックチェーンにはメリットも多く、競合する会社同士が共通のプラットフォームにデータを入力したとしても、お互いのデータを閲覧できないよう制限することもできる。そのため、隠すべきデータは隠しながら、競合同士であってもゆるやかな連携をして共同運営してゆける。

書き込むデータの信頼性はどう担保するのか

ブロックチェーンに関するよくある疑問はほかにもある。それは「ブロックチェーンに改ざん耐性があっても、データ入力の時点で不正があったら意味がないのでは?」というものだ。

髙田氏はこれについて、データ入力時点の不正を完全に排除することはできないと指摘した上で、不正を防ぐためのいくつかの取り組みを紹介した。

1つ目は、IoTセンサーを活用した自動入力だ。人手を介さなければ、不正が起きる可能性は少なくなる。ただし、自動入力できる情報に限定されてしまうデメリットもある。

2つ目は、機械学習による画像の照合だ。たとえば、最初のある時点・地点でワインの写真を撮り、機械学習で特徴をピックアップする。次にどこかの時点・地点でも写真を撮り、機械学習によって導き出された特徴と一致するか照合する。これによって、不正入力や商品のすり替えを防げるというのだ。

また、将来的にスモーレストコンピューターが完成すれば、商品一つひとつにコンピュータをつけることも可能だというスモーレストコンピューターとは、IBMも開発を続けている、どんなものにも内蔵できるごく小さい──それこそ米粒ほどの──コンピューターのことだ。これが実現すれば、モノが自分で「自分に不正はない」と証明するような時代がくるかもしれない。

高田氏「事業者は“ビルド”だけでなく“ジョイン”を検討してほしい」

イベントでは、事業者の立場として、今後どのような視点でブロックチェーン技術をみていけばいいのかという点からも考察が披露された。この点について髙田氏は「ビルドだけでなくジョインを」と語った。

ブロックチェーンについて考える時、「自社の業務でブロックチェーンをどう活用できるか?」という“ビルド”(の視点に立ってしまいがちだ。しかし、実は業界をまたがる巨大なプラットフォームがいくつも登場している。今後は、こういったプラットフォームに“ジョイン”するという視点も持つことが大切だというのだ。

私たちの知らないところで、世の中を変える大きな流れが生まれている。ブロックチェーンを「他人事」ととらえず、最新動向を注視しながら、自らの事業と掛け合わせて考えていくようにしたい。